タイトル画像

スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


んさいげん!


スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]
タイトル画像

念力で読み解く若き日のSudeep様

2016.01.13(09:08) 1683

Chitradurga District Kiccha Sudeepa Fans Association R.さんがこちらに興味深い記事を載せてくださってたので、相も変わらずの念力発動で読んでみました。
意訳誤訳御免!
固有名詞は読み方分からないのでこれも間違っているかもしれません。ご容赦を。
タイトルは「私の知るSudeep」KMVeershという方の書かれた文章です。
************
1977年のある日のことだった。
私は'Brahma'という作品の記者発表を取材するためにスリ・カンテーラワスタジオにいた。
この作品はアンバリーシュとアーナ主演の作品だった。
他の報道関係者と同行していた私は、その作品の撮影に忙しかった。
それはいつもと変わらない取材風景だった。
数日後私はガンディナガールのカニシカホテルにいた。
そこで、前述の作品Brahmaが撮影されていた。
そのホテルで私は背の高い青年が俳優たちに混じって座っているのを見かけた。
私が撮影場所にいた私をそばに呼んだプロデューサーが二言三言話した後、既に私の目に止まっていた青年を私に紹介した。
その青年の挨拶する声に、わたしは特別な印象を持ったのだった。
わたしはプロデューサーにこの青年について尋ねた。
そのプロデューサーはクッラ・シャンタという人物だったが、この青年がスディープという名前だと教えてくれた。
彼によると、この俳優の父はサロワル・サンジーブという人物でスディープはこのシャンタがプロデュースする'Brahma'という作品で主演する、という話だった。
サロワルホテルというのは映画関係の記者会見がよく行われることで有名な場所だった。
その後わたしはこの青年と映画撮影中何回か顔を合わせた。
しかし、彼と親交を深めることはなかった。
残念なことにこの’Brahma’という作品はプロデューサーの資金繰りの問題で企画が頓挫し、撮影が中止してしまったのだった。
それ以来歴史がつくられるその日まで私はSudeepと会うことも彼のことを聞くこともなかった。
その後プロデューサーアッバイ・ナイドゥが「Taayavva」という作品の企画を発足させた。
彼が手掛けるすべての作品は「Ta」で始まるタイトルになっていた。
そしてそれが彼の会社のロゴになっていた。
これは彼にとって生前最後の作品となった。
この作品の出演者にはヴィノド・アルワ、チャラン・ラジらが名を連ねていたが、公表された俳優の中に、最大のスターがいることを彼自身まだ知る由もなかった。
この作品の一番の驚きはSudeepが主役であったことだ。
私はSudeepと再会しお祝いを述べた。
それ以降私とSudeepとの親交を深めることとなった。
私は彼をSudeepと呼び、彼は私をウェーレシュと呼ぶようになった。
私は当時人気があった雑誌「Roopatara」の写真家だった。
私はSudeepを読者に大々的に紹介することにしSudeepは快諾した。
しかし、珍しい問題があることに気付いた。
Sudeepはまだこの業界で新人だった。
どの雑誌も通常の記事以上の特別な扱いをするわけがなかった。
通常の記事というのは、一枚の写真と小さいい記事だった。
そこで私はSudeepに有名な女優に声をかけSudeepとのフォトセッションを撮ることを持ちかけ、かれは大層喜んだ。
私はとある人気女優にSudeepとのフォトセッションを依頼した。
しかし、残念なことにその女優は彼とポーズをとることを拒絶した。
彼女もまたこの業界に入ったときに同じように写真を撮ったというのに。
彼女の行為にわたしは大変驚いた。
人気俳優とは写真をとっても新人との写真は拒んだのだった。
わたしは「Roopatara」誌の後見役スレシュ・マルヤにも声をかけていて、彼もSudeepと映画女優との写真を了解していたのだった。
もし、彼女とのフォトセッションがなかったなら、通常の一枚の写真のみの記事になってしまうだろう。
即座に私はほかの女優をあたった。
彼女はすでに2本の映画でヒロインを演じていた。
彼女は快く新人と写真を撮ることを承諾してくれた。
その女優とはバーワナで、彼女の出演した最初のカンナダ映画は「Ne Mudida Mallige」である。
彼女はニヴェディタ・ジェインと一緒にコドゥル・ラマクリシュナによって紹介されたのだった。
この撮影の後、雑誌は無事に発刊され、Sudeepは私にお礼の電話をかけてきてくれた。
最近SudeepはハイデラバードでMaanikya撮影中に手にけがを負った。
私は彼に電話をかけ、けがの様子を尋ねた。
彼が「けがは自分の新人の頃女優にフォトセションを断られたことに比べれば、なんてことはない」といった。
彼は16年たった後もあのことを忘れていなかったのだった。
**************
Taayavvaの写真探したらこれが出てきた。
載せとこ。
真ん中がパパね。

スポンサーサイト


んさいげん!


<<念力で読み解く若き日のSudeep様 其の二 | ホームへ | Krishna Nee Begane Baaroだって >>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://ngsaigeng.blog65.fc2.com/tb.php/1683-ec690357
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。